現在の拝殿は明治18年、当社が官幣小社に昇格した年に改築したものである。その後昭和53年に改修された。内部で拝殿と幣殿に分かれている。構造は流造・切妻千鳥破風・銅板葺素木造である。かつて将軍徳川家康が慶長年間に社殿を造営した際には拝殿と本殿の間に幣殿が建立されていたが大火で焼失し、再建後に拝殿と幣殿が一体となった。拝殿正面「総社六所宮」の扁額は江戸時代中期の書家勝間龍水によるものである。
拝殿は通常本殿の前面にあり、本殿より規模の大きな建物が多く、一般の参拝者には最も目につく場所である。本殿が神座そのものであるのに対し、拝殿は人が神に対して祭祀や祈願などさまざまな行いをする場所といえる。