大國魂神社

〜武蔵国の守り神〜 御鎮座壱千九百年

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お清め

境内のご案内

手水舎

手水舎(てみずしゃ)

柄杓
手水舎

大國魂神社手水舎について

当社にいつから手水舎が存在するか定かでは無いが、資料の中にその移り変わりを見ることが出来る。江戸名所図絵(天保5~7年)の境内図では随神門と拝殿の中間にそれらしきものが確認できる。また明治24年発行の境内図では現在の枝垂桜のあたりに移り、さらに明治37年発行の境内図では同じ場所に装いも新たに描かれている。現在のものは明治30年完成で、棟梁は当時拝殿や随神門の建築を手掛けた佐藤彌一、中村長作である。

千鳥破風の屋根もさることながら、特筆すべきは獅子や龍、獏や鳳凰等の彫刻である。これは江戸彫工の飯田家四代目、飯田勇次郎によるものである。また水盤には文化10年(1813)の彫が入っており、江戸名所図絵に描かれているのはこの水盤で間違いないだろう。当社が明治18年に官幣小社に列格されてから、拝殿から神輿に至るまで様々なものが新調、改修されてきた。その流れで手水舎も新しく立派なものを拵えようとして、元々使っていた水盤を残し、その周りに新たな母屋を作ったのではないだろうか。現在も参拝者が利用しているこの手水舎は平成23年大國魂神社御鎮座壱千九百年記念の際に改修が行われ、随神門外側西参道角に移設された。その際、この工事を手掛けた田丸屋建設株式会社より新たな水盤が奉納されている。旧水盤は大國魂神社の所管社、国府八幡宮に旧随神門と共に移築されている。

元は中雀門と随神門の中間の神楽殿前にあったが現在は虹梁の下の持送が亀と波の彫刻で木鼻に獅子の彫刻、虹梁上に龍の彫刻がありその上に獏の彫刻、唐破風の懸魚に鳳凰の彫刻、出組を支える桁と唐破風の間に波と亀の彫刻。他に明治7年5月5日表記の木札があるが日付と名前が入るのみで何の木札かは不明である。

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